盛岡地方裁判所 昭和28年(行)13号 判決
原告 信田ノブエ
被告 岩手県知事
一、主 文
原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十八年九月十二日附岩手県指令二八農地第一ノ三四二号をもつてなした、原告の同年三月十四日附農地法第二十条第一項の規定による申請を許可しない旨の処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、岩手県九戸郡種市町第三十一地割八十三番山林四反一畝二歩は、昭和十五年頃原告の父馬吉が祖父慶吉方から分家するに際しその他の農地と共に贈与を受けたものであり、その頃右山林のうち約二反歩を開田し現況田である。父馬吉は昭和十八年十一月十三日戦死したので原告がその家督相続によりその他の農地等と共に右田地の所有権を取得したのであるが、昭和二十一年当時原告方は母ミセと幼い原告のみで労働力に不足していたところから、同年四月訴外小柏留蔵に対し、同年十月の収穫終了まで一ケ年間だけの約で右田地を一時賃貸した。よつて翌二十二年三月原告は右約定に従い種市町農地委員会を経由して被告知事に対し前記小作契約の解約許可申請をしたところ不許可になつたのであるが、その後昭和二十三年四月五日母ミセが訴外荒沢由蔵を後夫に迎え、また原告も成長して農耕に従事できる年頃になり一家の労働力も回復したので、原告は再び昭和二十八年三月十四日農地法第二十条第一項の規定に則り被告知事に対し前記小作契約の解約許可申請をしたところ、同知事は同年九月十二日附をもつて請求趣旨記載の不許可処分をなし、右不許可処分は同月二十九日原告に送達された。しかし原告方の耕作面積は僅かに田一反七畝二十一歩及び畑五反八畝歩にすぎず、農業の傍ら漁業を営んでいるとはいえなお労働力に余裕があるので養父由蔵はやむなく日雇等をしている一方、小作人小柏留蔵方は農業兼漁業で田四反五畝歩及び畑二反五畝歩を耕作する外長男及び次男は漁船の発動機関手として収入を得ているので生活条件が原告より優位にあり、仮令前記田約二反歩を原告に返還しても何等同人一家の生計に支障を来す虞がないのであるから右田地は原告の経営能力からいつても原告において自作するのが相当であり、従つて被告知事は原告の前記解約許可申請を容れるべきが至当であつたにかかわらず不許可処分をしたのは違法である。よつてこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の本案前の抗弁に対し、農地法第八十五条第一項第一号にいう第二十条第一項の規定による許可に関する処分とは、解約等の許可処分を指称し、不許可処分を含むものではないから、これに対しては訴願手続を経ることなく直ちに出訴し得るのであり本訴は適法であると述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、農地法第八十五条第一項第一号によれば、同法第二十条第一項の規定による許可に関する処分については農林大臣に対し訴願をなし得る旨定められているのであるから、行政事件訴訟特例法第二条により所定の訴願手続を経た後でなければ被告知事のなした本件不許可処分につき出訴できないにかかわらず、原告は訴願することなく直ちに本訴を提起したのであるから右訴は不適法として却下さるべきである。農地法第八十五条第一項第一号にいう第二十条第一項の規定による許可に関する処分とは、許可処分及び不許可処分の双方を含むこと勿論であると述べ、本案につき請求棄却の判決を求めた。
三、理 由
よつて先ず本件訴が適法に提起されたものであるか否かにつき案ずるに、原告が被告知事のなした本件解約不許可処分につき農林大臣に対し訴願手続を経ることなくして直ちに本訴を提起したことは原告の明らかに争わないところである。
ところで農地法第八十五条第一項第一号は、同法第二十条第一項の規定による許可に関する処分につき不服ある者は農林大臣に対し訴願することができる旨規定しているので、右許可に関する処分につき訴を提起するに当つては、行政事件訴訟特例法第二条により、その前提要件として所定の訴願裁決を経ることを原則とし、例外的に訴願裁決を経ないで出訴し得るとされる場合であつても少くとも訴願を提起した後でなければならないとされているのであるから、このような前提手続を経ることなくして提起された訴は不適法であること明らかである。
しかして農地法第八十五条第一項第一号にいう第二十条第一項の規定による「許可に関する処分」とは、文理上からいつても「許可の処分」若しくは「許可処分」とあるのではなく、「許可に関する処分」とあるのであり、許可申請において求める許可に関する処分としての許可処分と不許可処分の双方を含むものと解すべきである。蓋し原告主張のように若しこれを許可処分のみに限る趣旨とするならば、単に「許可処分」と規定すれば足り、敢えて「許可に関する処分」という立言を用いる必要がないといわなければならないからである。のみならずいわゆる許可に関する処分が許可処分及び不許可処分の双方を含むものと解すべき実質的理由は、解約許可申請に対する処分としては、許可処分か然らざれば不許可処分のいずれかであり、しかもそのいずれの処分がなされてもそれによつて利益を受ける者のある反面、これに対応して不利益を受ける者のあることは、処分の対象が利害相反する両当事者のある賃貸借契約である以上やむを得ないところである。すなはち賃貸人が農地等の解約等につき許可申請をしてこれが容れられ許可処分がなされたれた場合は所期の目的を達し得たわけであるから固よりこれに対し不服のある筈はなく、従つて賃貸人として不服申立の対象とすべきは専ら解約等の許可申請が斥けられた不許可処分でなければならない。ところで一方解約等の許可処分がなされると、当該許可処分の対象とされている賃貸借契約における賃借人は、右許可処分の直接の相手方ではないが、右許可処分の結果賃貸借契約が解除、解約若しくは期間の更新を拒絶されることによつて既存の耕作権を喪失するに至るわけであるから右許可処分につき不服申立をなす利益を有するものといわなければならない。
そこで農地法第八十五条第一項第一号の第二十条第一項の規定による「許可に関する処分」を許可処分のみに限り、不許可処分を含まないものと解するときは、賃貸人にとつて最も救済の必要性の大である不許可処分について訴願をなし得ない反面、独り賃借人のみ許可処分につき訴願し得ることとなり、均しく賃貸借契約の当事者でありながら、一方には訴願の途を閉し、他方にはこれを開くという行政救済上著しい不均衡を来す結果となるのみならず、不許可処分に対する訴願を認めないとすれば同法第八十五条第一項第一号の規定はその意義の大半を失うであろう。さればこそ右法条において、第二十条第一項の規定による「許可に関する処分」という立言を用い、敢えて許可処分若しくは不許可処分のいずれかに限定する規定の仕方をとらなかつた所以のものは、賃貸人側からは不許可処分に対し、賃借人側からは許可処分に対しそれぞれ不服申立を為し得る途を開き、もつて賃貸借契約の当事者双方に対し平等に訴願手続による権利擁護の機会を保障する趣旨に出でたものと解すべく、従つて右にいわゆる「許可に関する処分」とは、許可処分及び不許可処分の双方を含むものといわなければならない。それならば都道府県知事のなした許可処分若しくは不許可処分につき、それにより権利を毀損せられたとする賃貸借契約の当事者はそれぞれ農地法第八十五条第一項により農林大臣に対し訴願し得るのであるから、許可処分若しくは不許可処分につき訴を提起するに当つては、その前提要件として所定の訴願手続を経ることを要するものといわなければならない。
本件において、原告が被告知事のなした本件不許可処分につき不服ありとするならば、本件提起に先立ち農林大臣に対し訴願をなし得べきであつたにかかわらず、これをなすことなく直ちに本訴を提起したのであるから右訴は行政事件訴訟特例法第二条所定の要件を欠き不適法たるを免れない。よつて本案につき判断するまでもなく本件訴は却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)